“虫の目”的な視点でその土地と関わってみたことで企画できた展覧会
週末をもって、カモシカスポーツ松本店での展覧会「The Hidden Valley」を無事終えることができた。会期中はたくさんの方々に足を運んでいただき、またスタッフの方々には温かく見守っていただき、この場を借りて改めてお礼申し上げたい。
今回の展覧会は、3年通ったイタリア・オルコ渓谷の絵を中心に企画したものだったのだが、もしも1度しか訪れていなかったとしたら、展覧会を行なおうとは思わなかっただろう。それは、まとまった点数の絵が準備できないという物理的な問題のほかに、土地との繋がりや思い入れがあるかどうかという精神的な部分が大きい。一度訪れただけでわかったような顔をするのは、なんだか軽薄に感じるのである。
若いころは旅行者の視点に興味があった。その土地との関わりを持たないパッセンジャーとして、通過するなかでなにが見えてくるのだろう? と、俯瞰した視点、鳥の目に関心があったのである。
けれどもオルコに滞在し、そこでの毎日が日常となり、人々と関わりを持つようになると、そのなかから見えてくるものや感じられることがたくさんあった。そしてそのことに愛おしさを感じている自分がいることに気づいた。一番安いアパートが村人の日常に溶け込む場所にあったということも幸いしただろう。ごくわずかな期間ではあったけれど、オルコでの滞在は生活となっていた。そう、オルコの住民であるという感覚さえ感じさせてくれたのである。鳥の目と対をなす視座とすれば虫の目的といえるだろう。
いうまでもなく、どちらの視点も大切である。しかし確実にいえるのは、オルコ渓谷の小さな村を3度訪れてそこでの生活があったからこそ、今回の展覧会を企画することができたということ。もちろん、合計でたかだか3ヶ月弱しか滞在していないので、深い関わりがあるのかといわれればまだまだなのだけれど。
登山やクライミングをとおしてその土地や人々と深い関わりを持つ。それってとっても素敵だな
最近、鳥の目と虫の目という視点の違いについては、登山とクライミングにも当てはまると感じている。フリークライミングはとてつもなく虫の目的である。その時の気温、湿度、体調、その他諸々によって指先に食い込む1mm以下の結晶の感覚の違いを感じながら登るからである。だから、クライマーには性格の几帳面な人が多い(笑)。一本のルートに打ち込んでいると、大きな自然のなかを自由に歩く旅に出かけたくなるのは、虫の目に疲れた反動だろう。ちなみに絵を描くことも極めて虫の目的である。ふだんは素通りしてしまうモチーフでも、絵を描くことによってよく観察する。その結果、モチーフとの関係性が深まっていくのである。
それにしても、ある土地と関わり、より深く知りたいと思ったとき、人生とはいかに短く儚いものなのだろうか。自分が暮らす小さな村のことでさえ、自分はほとんどなにも知らないのである。その土地に学び、人々に学び、歴史に学ぶこと。うかうかしているとあっという間に人生は終わってしまう。
ところで、カモシカスポーツのロゴは創業者の高橋氏が足繁く通い滞在したシャモニから、フランスの国旗を意識したカラーリングが採用されている。登山やクライミングをとおしてその土地や人々と深い関わりを持つ。それってとっても素敵だな。そんな場所に、また出かけて行きたい。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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