2025.5.27

イタリア・オルコ渓谷やシャモニで描いた絵30点をカモシカスポーツ松本店で展示|筆とまなざし#422

イタリア・オルコ渓谷の旅のはじまりは一筋のクラックがきっかけだった

カモシカスポーツ松本店で展覧会「The Hidden Valley」が始まった。3年間通っているイタリア・オルコ渓谷や昨年訪れたシャモニで描いた絵を展示している。旅をして、描き溜まった絵を展示できるのは無理がなくてとても良い。旅の絵が28点、高山植物の絵をおまけで2点追加し、展示総数は30点。これまででもっとも多い展示数だ。まだまだ描きたい風景はあるのだけれど、現時点での到達点といった感じである。

オルコへの旅は一筋のクラック「Green Spit」がきっかけだった。2025年にスイス人クライマー、ディディエ・ベルトーによって初登され、8b+(5.14a)とグレーディングされた(現在は8bとされている)。このクラックが頭から離れなくなり「果たして自分にもこんなクラックを登ることができるだろうか?」そんな素朴な疑問を確かめるべく始まった。しかし気づけば、クライミングはもちろんだけれど、そこで出会った人々、村や渓谷の風景に惹きつけられて、オルコ渓谷への旅を重ねていた。これらの絵が描けたのは、魅惑的なクライミングルートとオルコで出会った人々のおかげ。搬入をしながら、すぐにでもまた出かけていきたい衝動に駆られる。また、あの顔馴染みに会いたいと思う。

お酒好きで陽気な彼らが人間関係の壁をいとも簡単に乗り越えてくれた

星野道夫は、アラスカに通う理由を、悠久の自然のみならず、彼の地で出会った人々にあると、どこかに書いていた。人がいなければ風景は味気ないものになる、と。

特別人が好きなわけでもなく、むしろ人付き合いが苦手な自分には、心の底からその言葉を理解することはできなかった。けれどいまは、それが少しだけわかる気がする。そう思わせてくれたのは、オルコ渓谷ロカーナ村の人たちだった。彼らは、見ず知らずの旅行者を、ワインでも飲むかのように受け入れてくれ、ぼくが知らず知らずに作ってしまう人間関係の壁を、その陽気さと親切さでいとも簡単に乗り越えてくれた。そう、お酒好きの彼らと村の裏通りで出会うたびに何度もお酒を酌み交わしたことが、親しくなれたきっかけでもある。

オルコにはまだまだ登りたいルートがあるし、描きたい風景も無限に隠されている。毎年とはいかないかもしれないけれど、ことあるごとにこの谷を訪れ、谷の人たちといっしょに年を重ねていきたい。もしかすると、人生の豊かさとはそういうことなのかもしれない。

今回の展示では、絵の合間に短い文章を散りばめて展示している。読み物としても楽しめる展示になっていると思うので、合わせてご覧いただければうれしい。

「The Hidden Valley」とは、アルプスの片隅に隠された静かな谷という意味の他に、描くべき風景が隠された谷という意味も込めている。この谷をめぐる旅は、まだ始まったばかりだ。

展覧会の会期は6月8日(日)まで。

成瀬洋平 原画展 「The Hidden Valley Naruse Yohei Exhibition」 開催(松本店)

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著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

https://www.naruseyohei.com

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出典: https://funq.jp/peaks/article/1014372/
この記事を書いた人 PEAKS

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