2025.7.20

ブラピ演じる映画『F1/エフワン』主人公、モデルとなったとあるF1ドライバーの物語「あの時のことは、覚えていない」

LAT Images

 世界中で公開され、大ヒットを記録している映画『F1/エフワン』。ブラッド・ピット主演、『トップガン・マーベリック』の製作陣が手がけたということもあり、F1ファン以外からも高い関心が集まり、興行収入も上々のようだ。またF1が全面協力、実際のグランプリ開催期間中に撮影が行なわれ、さらにF1ドライバーをはじめとした実在のF1関係者も多数出演するなど、F1ファンにとっては見逃し厳禁の一作と言える。

 ブラッド・ピットが演じるのは、ベテランドライバーのソニー・ヘイズ。かつてF1に参戦し、アイルトン・セナらとのバトルを繰り広げたものの大クラッシュを喫して負傷し、F1を離れたという設定。F1を離れた後は他のレースに転々と参戦していたが、かつてのチームメイトが所有するF1チームにドライバーとして誘われ、ダムソン・イドリス演じる新人ドライバーと共に、好成績を目指すという物語だ。

 さてここからは、多少映画『F1/エフワン』のネタバレを含む。まだ映画を見ていないという方、映画を見る前に余計な情報を入れたくないという方は、そっとブラウザの「戻る」ボタンを押していただくか、急いでお近くの映画館に駆け込んでいただきたい。

 映画の各所で、ソニー・ヘイズの若かりし頃の映像が映し出される。そこには、黄色いロータス102が大クラッシュし、ソニー・ヘイズが車外に放り出される、目を覆いたくなるようなシーンがある。これは映画の中の話ではあるのだが、実は実際に起きた出来事がモチーフになっている。クラッシュシーンも、当時の映像が使われている。

 モデルとなったのは、マーティン・ドネリーというドライバーだ。彼は1990年にヘレス・サーキットで開催されたスペインGPで大事故に遭い、大怪我を負った。映画にもあったように、モノコックがバラバラとなり、ドネリーはシートに括り付けられたままコース上に投げ出されるという戦慄の走る瞬間だった。

 その後ドネリーは生死の境を彷徨ったものの、長い治療を受け、その後デモ走行ではあるものの、F1マシンをドライブできるまでに復活を遂げた。



事故当時の記憶はない

Sutton Images


 そのドネリーはかつて、motorsport.comのインタビューに応じ、事故当時のことを語っていた。

「何も覚えていないんだ。唯一覚えているのは、レース前に友人のエド・デブリンと、彼の妻のジェニーと一緒にボウリングに行ったことくらいだ。でもそれがエストリルだったのか、ヘレスだったのかは分からない」

「不思議なことに、人生を変えるような出来事だったから覚えているはずなのに、覚えていないんだ」

 ドネリーはこの事故で複数箇所を骨折。肺をはじめ、内臓破裂。人工呼吸、人工透析を使いながら、懸命な治療が行なわれた。心停止に陥ったこともあったという。治療を担当したF1ドクターのシド・ワトキンスも、臨終を覚悟した時もあった。しかし蘇生に成功し、ドネリーは回復を遂げた。

「事故後の水曜日、私の身体はショック状態に陥った。つまり、内臓機能が不全に陥ったんだ。肺が機能していなかったため、数週間にわたって人工呼吸器をつけていた。毎日3時間の透析を受けなければいけなかった」

「ある晩、シドは私の母に、夜を越せるとは思えないから、別れを告げるようにと言ったんだ。それで母は、司祭に最後の儀式を執り行ってもらうように手配した。でも私は闘志を燃やし、決して諦めなかった。だから今日、この話ができるんだ」

「結局1990年のクリスマスまで、記憶は全くない。3日間家に帰ることを許されたけど、病院に慣れてしまって、他人に頼り切りになっているのかを痛感した。それが嫌だった。私らしくないと思った。だから、できるだけ早く退院しようと思った」

102との再会

Rainer W. Schlegelmilch


 ドネリーはその後回復を見せ、1993年にはジョーダンのF1マシンをドライブ。その後も、複数のF1マシンをデモランするなどしている。

 事故の原因は、フロントサスペンションの緩みを、メカニックが確認し忘れたことだった。ドネリーはその後、そのメカニックに再会した時のことも語った。

「事故から何年も経った後、ブランズハッチで行なわれたロータス・フェスティバルで、かつてマリオ・アンドレッティがドライブしたマシンに乗ることがあったんだ。そしてアンドリュー・モリスというドライバーが、1990年のロータス102を購入し、そのイベントに持ち込んでいたんだ」

 1990年のロータス102と言えば、ドネリーがクラッシュした時のマシンだ。

「彼は15万ポンドでそのマシンを購入し、ギヤボックスとサスペンションを修理するために、さらに20万ポンドを費やした。そしてついにドライブしようとした時、彼はマシンに乗り込むことができなかったんだ。彼は背が高かったし、コクピットも狭かったんだ。彼は購入する前に、一度もマシンに試乗しなかったらしい」

「それで私は、午前中にアンドレッティのマシンに乗って、午後には102に乗ることになった。午前中のドライブは楽だったんだけど、102は大変だった。『なんてことだ。こんなに狭く、硬くチューニングされたマシンで、どうやってレースしていたんだ?』と思ったね。そしてそのマシンの整備をしていたメカニックこそ、私の事故の原因となった人物だったんだ」

「彼は当時、もうロータスでは働いていなかったが、その夏は人手不足だったらしく、彼が呼ばれた。でも、私がドライブすることになるとは思っていなかった」

「彼は事故の後、責任を感じて3ヵ月もうつ病に苦しんだ。もちろん、故意やったわけではないが、今も罪悪感を抱いている。でも、サスペンションはコーナーをあとひとつだけでも耐えてくれていたら、大事にはならなかっただろう。そこには、広いグラベルと、タイヤバリアがあったからね」

ブラッド・ピットからの感謝

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 そんなドネリーは、映画『F1/エフワン』のワールドプレミアに招待され、ブラッド・ピットから直接感謝の言葉を述べられたという。映画の撮影に臨むにあたってブラッド・ピットはドネリーにサポートを求め、そのインスピレーションに感謝したのだそうだ。

「本当に信じられなかった」

 そうドネリーはBBCのインタビューに語った。

「『彼は私に話しかけているのだろうか? 本当に私に話しかけているのだろうか?』と自問したよ。一生忘れられない瞬間のひとつだった。でも、ただただ非現実的だった」

「ブラッド・ピットのような一流のハリウッドスターからアドバイスや指導を求められたなんて、本当に特別なことだ」

 ドネリーのF1キャリアは、1990年のスペインGPで幕を閉じた。しかしその夢を、ソニー・ヘイズが受け継いで昇華させ、世界中のスクリーンで多くの人がその走りを目撃することになった。その事実は、映画以上にドラマティックと言えるかもしれない。

 エンドロールには、ドネリーに感謝を告げるクレジットも入れられている。

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出典: https://jp.motorsport.com/f1/news/f1-movie-brad-pitt-models-driver/10743268/
この記事を書いた人 田中 健一

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