
企業が自動車レースに関わる際となった場合、当然何らかの目論見、目的があるものだ。大抵の場合はロゴや企業名の露出を狙った純粋なスポンサードだったり、その企業が持つ技術をレーシングチームで使うことで技術力を誇示し、さらなる技術力の発展につなげたり……そういう事例が多いと言えよう。
しかしこれらとは全く異なる意図でレースと関わっている日本企業がある。それが帝人である。
帝人は樹脂や繊維製品などを幅広く手がける企業。その技術力には定評があり、同社の製品は様々なシーンで使われている。
そんな帝人は、2020年からフォーミュラEに参戦するエンヴィジョン・レーシングとパートナーシップを締結。現在はプリンシパルパートナーとして、同チームのマシンのフロントウイングやノーズに「TEIJIN」のロゴが貼られている。
現代のレーシングマシンは各所に炭素繊維が使われており、この炭素繊維は帝人の主要商品のひとつである。その他、帝人が手がける樹脂やフィルムといった素材も、レーシングカーにはなくてはならないモノだ。帝人がエンヴィジョンとパートナーシップを結ぶのであれば、当然マシンに同社の素材が使われていたり、フォーミュラEを使って技術革新を促したり……そういう目的なのだろうと考えていた。
「パートナーシップを始める前には、技術的に先進的なイメージを持っていましたし、我々が持っている技術を紹介したらいいんじゃないかと思っていました。そういう思いでパートナーシップを結びました」
そう語るのは、帝人の内川哲茂社長である。
「F1はちょっと難しいけど、フォーミュラEならば我々でも入っていける……あるいは部品の設計もできるんじゃないかと言う発想でした」
「でも、実際に仕事を始めてみると、そういうところはもう抜きにして、本気でサーキュラーエコノミーをどうするかということをやっていこうよということの方が、比重は全然重たくなりました」
サーキュラーエコノミーとは、循環経済のこと。平たく言えば、製品の生産段階から再利用/リサイクルを念頭に開発し、資源の消費量を抑えようという考え方だ。これにより持続可能な社会・地球環境を実現しようというのだ。
エンヴィジョン・レーシングはこのサーキュラーエコノミーに対して積極的に取り組んでおり、「Race Against Climate Change」と名付けられた環境啓発イベントを開催するなどしてEVや再生可能エネルギーの普及を推進している。
またフォーミュラEも、使えるタイヤは1イベント1セット。しかも全天候型タイヤであるため、無駄になるセット数・総使用数が少ない。またマシンで使う電力も、持続可能燃料を使って発電されたものであるし、車両にもリサイクル素材がふんだんに使われている。ある意味循環型レーシングシリーズとも言える。
内川社長は、このエンビジョン・レーシング、そしてフォーミュラEの姿勢に感銘を受けたのだという。
「チームのコンセプトがすごく良かったです。当時はサーキュラーエコノミーも電気自動車も、まだ皆さん懐疑的だった。でも我々は原料のリサイクルにしても、世の中では誰もがそんなことはできないという時代にチャレンジする会社だったので、そういうコンセプトに共感したんです」
そう内川社長は言う。
「フォーミュラEは、帝人がどんな会社になっていきたいかということを体現してくれているようなイベントなんです。クルマの設計とかそういうことではなくて、イベント全体がサーキュラーエコノミーを実現していこうという皆さんの集まり……レースイベント自体がそれを皆さんに知っていただくための啓発イベントになっています」
「我々の技術は、既に飛行機に使われていたりと十分にご評価いただけています。ですからこのレースイベントに限って言えば、むしろそこから離れたところに、私は価値を感じています。社員もみんなそうなんじゃないかと思っています」
「ただ我々がいくら叫んでもダメなので、最終的な製品をお作りになっていたり、社会にもっと影響力のある皆さんにご賛同いただいて、一緒にやろうと言っていただけるかが重要なんだと思います」
自動車業界は、今は100年に1度の大転換機だとも言われている。それには様々な側面があるが、その最も大きな部分は、動力源がガソリンのままなのか、電気なのか、あるいは水素など新たなエネルギー源なのか……ということになろう。
ではサーキュラーエコノミーの観点から言えば、将来の自動車の動力源はどうなるべきなのか? そう尋ねると、内川社長は実に興味深いことを語ってくれた。
「我々は飛行機を軽くして燃費を上げることで環境に貢献する……そういうことをすごく一生懸命やっています。でもその動力源が水素なのか電気なのか……そう言われたら、もしかしたら全然違うことになるかもしれないと思います」
そう内川社長は言う。
「これだけインターネットが発達して、画面上で色々な体験ができるようになってきています。今後触覚や匂いとかもインターネット上で感じることができるようになったら、移動する必要はなくなってしまうかもしれません」
「そうなると、飛行機のエネルギー源が水素なのか電気なのか、あるいはSAFなのかという問題とは、全然違うところに行ってしまうかもしれないとも思います」
「自動車に関しても、具体的な説明はできませんけど、今の社会から将来のエネルギー源を想像しても、社会全体がガラリと変わってしまえば全く違う議論になるんじゃないかという気がします」
さて内川社長は、フォーミュラEはもちろんのこと、古くはオランダのザントフールトでF1を観戦した経験もあるという、また、ラリーも好きなのだと明かしてくれた。
「フォーミュラEはテレビで観ていますし、2年前にはロンドンに観戦に行きました」
「イベント自体が、遠くからレースを観るだけというわけじゃないくて、レースがスタートする直前までピットレーンを歩けるようなそういうイベントで、それ以来私としても肩入れの度合いはグッと上がりました」
そう語る内川社長は、さらにこう続けた。
「20歳の頃ですが、従兄弟がオランダに住んでいたので、お婆ちゃんを連れて、始めての海外旅行として遊びに行ったんです。そこが、ザントフールトというところでした」
皆さんご存知、F1オランダGPの舞台でお馴染みのザントフールトである。今のオランダGPは2021年に復活したばかりだが、それ以前はF1の黎明期から1985年までのほぼ毎年、同地でオランダGPが開催されていた。
「音が聞こえてきたんですよ。『何?』って尋ねたらF1だっていうので、なんとかチケットを手に入れて、観戦しました。ちょうど、ニキ・ラウダが走っていた時でした。それが、レースを見た最初でしたね」
「F1ブームが終わってからは特に見ていなかったですが、世代的にはF1好きですし、アニメで言えばバリバリ伝説も大変好きです」
今後も帝人とエンヴィジョンのパートナーシップは続いていくだろう。そして、フォーミュラEを使ってどんな循環経済が生まれ、その輪がどう広がっていくのか……これはモータースポーツの世界というだけでなく、地球環境にとってとても重要なことであるはずだ。
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