
1950年5月13日に初めてのF1世界選手権レースが開催されて、75年が経った。75年も経てばシリーズのほぼ全ての側面が全くの別物となっている。ファン・マヌエル・ファンジオとジュゼッペ・ファリーナがテーブルを囲んでボードゲームをする様子がSNSにアップされたり、モーリス・トランティニアンのインスタグラムのストーリーが炎上して削除に追い込まれたり……そんな光景は到底想像できないだろう。
とはいえ、選手権の根幹は今も変わらない。最高のマシンを作り上げてレースを戦い、規定の距離を最初に走り切った者が勝者となる。
2025年現在、最高のチームとなっているのがマクラーレンだ。そして1950年当時の最強チームがアルファロメオで、彼らは7戦中6勝を収めた。全勝を逃したのは当時インディ500が選手権の中に組み込まれており、そこにエントリーしなかったからだ。
今回はF1の進化の歩みを振り返る方法として、現行最速マシンであるマクラーレンMCL39と、1950年のF1を戦ったアルファロメオの伝説的マシン158を比較してみることにした。これが最新テクノロジーの素晴らしさを称賛することになるのか、それとも「昔の方が良かった」という懐古主義に繋がるのか……いずれにせよ客観的に紹介する。
寸法
158が設計されたのは1938年で(12年前のマシンでF1に参戦するなど、今では考えられないが……)、最終的にF1(当初はフォーミュラAと呼ばれた)の規則に合致したが、非常に小さなパッケージで“アルフェッタ”(小さなアルファ)と呼ばれた。
それでも1950年代の他のマシン、たとえばマセラティ4CLTやフェラーリ125と比べるとやや長く、1960年代のF1マシンよりもかなり大きかった。1960年代にはマシンの小型・軽量化が進んだが、近年は再び巨大化している。携帯電話がどんどん小さくなったあと、スマートフォンが“小型タブレット”のように大きくなってきているのと同じようなものか。
重量に関しても、158は当時としてはかなり重い部類だった。ただし公表されている数字にはばらつきがあり、おそらく燃料を含めた状態で600~700kgだったと見られている。
現代のマシンと比べると、158はまさにミニチュアのようだ。現在F1のマクラーレンMCL39は、ハイブリッドシステムや空力設計の影響もあり、縦に非常に長くなっている。全幅に関しても、一時期非常に細くなっていたが、2017年のレギュレーション変更を機に再びロー&ワイドな印象となっている。
158の約650kgという重量に関しては、当時としては標準的な範囲だった。1960年代には車重が500kgを下回る時代もあったが、それ以降は安全装備、タイヤ、パワーユニットの複雑化によりマシンは年々重くなっていった。現在のF1マシンは、ドライバーを含んで最低800kg(燃料除く)となっている。
シャシーとサスペンション
1960年代に『モノコック』という概念がF1に登場するまで、マシンはフレーム(骨組み)にボディパネルを取り付ける構造で作られていた。158もその例外ではなく、しかも当時はエンジンブロックをストレスメンバー(応力を受け持つ一体部品)として使うという発想もまだなかったため、エンジンは単にフレームにボルトで固定されていた。
フロントのトレーリングアーム式サスペンションは、左右のホイールハブを繋ぐ横置きリーフスプリングによって支持されていた。一方、リヤにはスイングアクスルが採用されていたが、この方式には限界があり、姿勢変化のコントロールが難しく急旋回時に不安定になるといった問題があった。そのため、1951年の改良型159ではド・ディオン式リヤサスペンションへと変更されている。
現代のF1マシンのサスペンションレイアウトには2つの役割がある。ひとつは車両運動エンジニアが求める条件を満たすこと、もうひとつは空力的な貢献をすることだ。近年のF1では、前後のプッシュロッド/プルロッドの取り付け角度や位置の最適化に各チームが力を入れている。
マクラーレンは、2022年に現行レギュレーションが導入されたタイミングで、フロントにプルロッド式、リヤにプッシュロッド式の配置を採用。さらに、サスペンションのウィッシュボーンの取り付け位置を工夫して、シャシーの動きを制限し、安定した空力効果を得られるようにしている。
また現代のF1マシンでは、トーションバースプリング(ねじり棒ばね)がダンパーとして使われており、従来のコイルスプリング式よりも小型・軽量であることが利点となっている。
パワートレイン、駆動系、燃料
内燃機関(エンジン)の基本構造はそれほど変わっていないものの、細部や補助システムは大きく異なっている。アルファロメオの直列8気筒エンジンはスーパーチャージャーを使用しており、1938年の初期型では約190馬力だったものが、1950年には約350馬力にまで引き上げられた。
燃料タンクは車体後部に搭載。1950年のアルファロメオは他車と比べて圧倒的に速かったため、燃費の悪さは大きな問題にならなかったが、1951年イギリスGPでは2度の給油を強いられたアルファロメオ勢に対し、フェラーリのホセ・フロイラン・ゴンザレスがピットストップ1回で勝利している。
現代のエンジンは1.6リッターV6ターボに加え、MGU-H(熱エネルギー回生システム)とMGU-K(運動エネルギー回生システム)を搭載しており、最終的な出力は約1000馬力に達する。これらハイブリッドシステムや点火制御・精密な燃料噴射などの進歩により、熱効率50%以上の高効率を誇る。
エンジンのパワーや特性の進化とともにトランスミッションも進化し、アルファロメオ158は4速ギヤボックスだったが、その後F1は5速→6速と変遷し、現在は8速が標準となっており、パワーユニットの高トルクに対応するために設計されている。また、1990年代からは、パドルシフトによるセミオートマが導入されている。
その他にも細かな違いがあるが、何よりエンジンの搭載位置がフロントからミッドシップに変わったことが大きい。
ブレーキ、タイヤなど
現代のF1マシンのブレーキ性能は驚異的で、時速320km以上で走っていても、時速50km程度の低速コーナーの100メートル手前でブレーキを踏めば止まれるほどだ。800kg近いマシンが適切な速度でコーナーに進入できるのは、この制動力あってこそだ。
マクラーレンMCL39のブレーキシステムは6ピストンキャリパーを採用し、大型のブレーキパッドに対応している。カーボン製のディスクとパッドはスチール製に比べて遥かに高温に耐え、優れた制動性能を発揮するため、長年使われている。
ここへ来て、158とMCL39の共通点が出てきた。それは「ピレリのタイヤを履いていること」だ。ただ1950年代のタイヤは非常に細く、トレッドパターンもあった。また正面から見るとポジティブキャンバー(タイヤが逆ハの字に傾いている)になっているのが一般的で、これは接地面積を減らして直線での転がり抵抗を抑えるためだった。
その後タイヤはバイアス構造から、より高負荷に耐えるラジアル構造へと移行。1971年にはファイアストンによってスリックタイヤ(溝なしタイヤ)が導入された。その後はスピード抑制で一旦縦溝付きのグルーブドタイヤとなったが、2009年からは再びスリックに戻った。
番外編:ドライバー
また黎明期と現在のドライバーを比較すると、スリムなアスリート体型の現代とは違い、昔のドライバーはずっとがっしりした体格だった。ただ同時のマシンを振り回すのはそういった体格が求められていたとも言える。
また年齢も問題にされることは少なかった。たとえば、ジュゼッペ・ファリーナは44歳になる年に初代F1ワールドチャンピオンの座に就いており、ルイジ・ファジオーリは50代になってもF1に参戦していた。一方現代はドライバーの若年化が進んでおり、今や20歳前後でのデビューが一般的。しかしマックス・フェルスタッペンが17歳でデビューしたことにより、その後は18歳以上という年齢制限が設けられた。
また1950年代のドライバーたちは複数のカテゴリーで活動するのが一般的で、現代のF1ドライバーはインディ500スポット参戦など一部の例を除いてF1に専念している。それも当然、1950年は年間7戦(インディ500を除くと6戦)しか開催されていなかった一方、2025年は24戦も開催されているのだ。
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