
現在は10チーム20台が参戦しているF1。各チームはライバルに勝つため、最速のマシンを設計し、それをより軽く、より速くするために1年間懸命な努力を続ける。
F1マシンは、前後ウイングをはじめとした空力デバイス、マシンとタイヤを繋ぐサスペンションとホイール、エンジン(パワーユニット)を覆い隠すサイドポンツーンなど、様々な要素で構成されている。
これらのほとんどは、空力性能を向上させることに活かされており、サスペンションですら今や空力パーツと言ってもいいほどだ。
これらとは異なり、パフォーマンスを向上させるわけではないものの、F1マシンになくてはならない機能が実はいくつかある。これらは今でもマシンの設計において重要な役割を果たしており、ドライバーとコースマーシャルの命を守るためにも、欠かせないパーツと言える。
安全性を確保するということは、F1マシンを設計する上で実に重要。マシンに搭乗するドライバーはもちろん、その周囲で働く人を守るために、数多くのことがレギュレーションで定められている。その確実性を向上させるために、近年でも多くの変更が加えられる。例えば、クラッシュ等アクシデントが発生した際にドライバーを守るために搭載されるようになったヘイローもそのひとつ。今ではF1のみならず、フォーミュラカーにはなくてはならないパーツだと言える。
本稿では、普段はなかなか注目されないものの、F1マシンが持ついくつかの機能を紹介する
■ニュートラルボタン

ニュートラルボタンと呼ばれるモノが、F1マシンのノーズに取り付けられている。これを押すことで、マシンのギヤがニュートラルとなる。ボタンの位置を明確に示すため、「N」と書かれた赤い円で表示されている。
ドライバーがクラッチを切らずにマシンを降りてしまった場合、コースマーシャルはこのボタンを押すことでクラッチを切る。こうすることで、マシンを移動しやすくするのだ。クラッチがニュートラルになったマシンは、人力でも簡単に動かすことができ、コースマーシャルはマシンを安全な位置まで手押しで移動させたり、または回収車両に載せたりすることができるわけだ。またギヤをニュートラルにすれば、車両を移動させる時にエンジンを損傷させる恐れもなくなる。
基本的にこのニュートラルボタンはコースマーシャルが使うために設けられたモノだが、ドライバーが操作することもできる。ギヤが抜けなくなった時にこのニュートラルボタンを使えば、ドライバーは車速を落とすことができる。
2016年にアゼルバイジャンで行なわれたヨーロッパGPの際、フェルナンド・アロンソ(当時マクラーレン)はギヤボックスに問題が発生し、リタイアを余儀なくされた。ただこの時、ギヤが7速にスタックしてしまっていたのだ。そのためアロンソは、コクピットから手を伸ばして、ニュートラルボタンを操作。これでニュートラルに切り替えることができ、アロンソはピットまでマシンを送り届けることができた。
■電気スイッチ
ニュートラルボタンの位置は前述の通り「N」と書かれた赤丸で表示されるが、赤い丸に「E」と書かれた表示も存在する。これが電源スイッチだ。この機能は、1970年代からレーシングカーに取り付けられているものだ。
このスイッチはボタンではなくハンドル式。これを引くことで、車体のブレーカーを落とし、車両内の通電を遮断する。これにより、コースマーシャルは安全にマシンに触れることができるようになるわけだ。また、コックピット内にも同様のボタンが存在し、ドライバーが自分でマシンの電源を落とすこともできる。
F1マシンはカーボンファイバーで構成されているため、通電する。そのため、停止した車両で漏電が発生していると、その車両に触れただけで感電してしまうことになる。ただこのスイッチを引けばコースマーシャルが感電する可能性を阻止し、燃料火災を引き起こす可能性があるスパークの発生も止めることができる。
なおこのスイッチを引くと、マシンに搭載された消火器も作動するため、火災の防止にも役立つ。
■エネルギー回生システム(ERS)警告灯

現在のF1マシンはハイブリッド車。故に、高電圧のバッテリー(エナジーストア)を搭載している。これを含めたエネルギー回生システム(ERS)の電力・電圧は強力で、ひとたび感電してしまえば、生命の危険に晒されてしまう可能性もある。ERSの前身であるKERS(運動エネルギー回生システム)が2009年から実戦投入されたが、テストなどで感電事故が複数発生。BMWザウバーなどは、マシンに触れたメカニックが吹っ飛ばされてしまうということもあった。
こういう感電事故を避けるために、車両における電力がどうなっているのか、それを表示するという役割を担うのがERS警告灯である。
このERS警告灯は、F1マシンのロールフープ上に取り付けられており、周囲のどこからでも見えるように、7つのライトのグループで構成されている。これにより、マシンに乗っているドライバーも、そしてマシンの周囲にいる人も、感電の危険性があるのかどうかを、確実に認識することができる。
このライトが赤く光った時には、マシンに絶対に触れてはいけない。漏電が起きており、感電の危険性があるということを示している。もしこの時にマシンに触ってしまうと、生命に危険がおよぶ可能性も否定できない。
ライトは黄色に光ることもある。これはバッテリー(ES)が充電された状態であることを示していて、この時も感電してしまう可能性がある。グリーンに光っている時は危険性がないことを示していて、マシンに近付いたり、触れたりしても大丈夫だ。
このライトが紫に光ることもある。これは、ピットレーンの速度リミッターが作動していることを示している。
最後の色は青だ。マシンが激しく衝突すると、青いライトが灯る。つまりメディカル・ワーニング・ライト(医療警告灯)となるわけだ。このクラッシュの衝撃が15Gを超えると、青色の灯火が点滅する。これはドライバーに大きなダメージが及んでいる可能性があることを示唆するもので、当該のドライバーは無事にコクピットから助け出されたとしても、検査のためメディカルセンターに行くことが義務付けられる。
コクピット内にも同じようにライトが備えられていて、マシンから脱出しても安全かどうかを示している。このライトが赤の場合、ドライバーは大きくジャンプして降りることが求められる。
たとえば片足ずつ降りてしまうと、ドライバーの身体が”アース”のような役割を果たし、車両から地面まで、ドライバーの体内を通って電気が流れてしまうことになる。この場合も、かなり危険な状態である。
F1マシンは絶縁体であるゴム製のタイヤを履いているため、基本的には車両の中に電気が帯電してしまう。その状況でドライバーがアースのように車両と路面をつなげてしまえば、簡単に感電してしまうのだ。コースマーシャルが分厚いゴム手袋を着用しているのも、感電を避けるためだ。
これに関連して、警告を受けたドライバーもいる。それが現RBのダニエル・リカルドだ。
リカルドはルノーに在籍していた2019年、バーレーンGPでPUのトラブルに見舞われ、コース脇にマシンをストップさせた。この時警告灯は赤。リカルドはマシンから、ジャンプして降りることになった。
しかしリカルドは、マシンに降りる際にステアリングを元の位置に戻さなかったとして、調査の対象となった。ただもし警告灯が赤に灯っている状況でリカルドがステアリングを装着し直しに行くことは自殺行為。前述のようにアースとなって、深刻な健康被害を受けてしまう可能性もある。
調査の結果、リカルドに違反はないとして、お咎めを受けることはなかった。
■ウインドスクリーン
ウインドスクリーンは、かなり以前からF1マシンに装着されているパーツで、特に珍しいものではない。しかし最近では、空力パフォーマンスを向上させるために活かされている。
2016年、ニコ・ロズベルグのメルセデスには、小さく目立たないようなウインドスクリーンが装着されていた。その端はギザギザになっており、この尖った部分で空気の渦を作り出していたのだ。これによって空気抵抗を最小限に抑え、ダウンフォースを最大化している。
また渦を分散して作ることで、ドライバーの頭やリヤウイングに到達しても、その影響は小さくなる。
そもそもこのウインドスクリーンは、前方からの気流が、ドライバーの頭や胸に直接当たるのを防ぐためのもの。こうすることで、ドライバーの負担は軽減される。しかし今ではこんなパーツも、空力効率を向上させるために使われているのだ。
■スキッドブロック

スキッドブロックは、1994年からF1マシンに搭載することが必須となったパーツだ。これはマシンの床下に取り付けられていて、最低地上高を規定してF1マシンのハンドリングを向上させるためのもの。平らな長方形の板で、現在はグラスファイバーで作られているが、以前はJabrocと呼ばれる複合木材で作られていた。プランクと呼ばれることも多い。
1994年のサンマリノGPでは、ローランド・ラッツェンバーガーとアイルトン・セナの死亡事故が立て続けに発生。これを受けてFIAは、マシンのスピードを落とすために様々な策を講じたが、車高を上げてダウンフォースを削減するためのスキッドブロックもひとつの策だった。
このスキッドブロックは、規定以上に削れてしまうと失格となるため、各車はそのダメージを避けるべく、車高を一定量持ち上げることを強いられた。
レギュレーションでは、スキッドブロックの厚さは10mmと定められていて、±0.2mmの誤差が許容される。そして、さらに次のように規定されている。
「摩耗のため、最低9mmの厚さが許容される。この規定への適合は、指定された穴の周辺部で確認される」
つまり1mm以上摩耗してしまうと、そのドライバーは失格となってしまうわけだ。
2023年のアメリカGPでは、ルイス・ハミルトン(メルセデス)とシャルル・ルクレール(フェラーリ)が、スキッドブロックが「過度に摩耗」したため、決勝レース失格となった。このふたりは、1994年ベルギーGPでのミハエル・シューマッハー(当時ベネトン)以来の、スキッドブロックの摩耗による失格者ということになった。
なおこのスキッドブロックを過度な摩耗から防ぐため、各チームはチタン製のプレートを装着することができる。F1マシンが走っている時、底を擦って火花を散らすシーンがあるが、あれはこのチタン製プレートが路面に接触したため起こるモノである。
ADVERTISEMENT
ADVERTISEMENT