
ハースF1からギュンター・シュタイナーが正式にチーム代表から離れてちょうど1年が経過した。チームは存続しているだけではなく、小松礼雄率いる新体制で最高のシーズンを過ごした。予想を上回る決定的な改善はどのように実現したのだろうか?
「とても、とても満足です」
ハースF1の小松礼雄代表は、2024年シーズン最終戦アブダビGPでチーム代表就任初年度を終えて、メディアにそう語った。しかし、その表情と言葉には若干のズレがあったように見えた。
黎明期からチーム代表を務めたギュンター・シュタイナーに代わって小松代表が率いることになったハースは、前年度のコンストラクターズランキング10位から一転、2024年に非常に良いシーズンを送った。
チームオーナーであるジーン・ハースが掲げたランキング8位という目標は、多くの人々にとって非現実的なモノと受け取られ、開幕戦バーレーンGPで小松代表すら「最下位を想定している」という発言をした。しかし最終的にハースはコンストラクターズランキング6位をアルピーヌと争うまでに善戦した。
結果的にランキング7位でも、ハースはマクラーレンと並んで前年比で最も順位を上げたチームだ。ただ、最後の最後でアルピーヌにランキング6位をさらわれてしまったことを、やはりチームは残念に思っている。
「6位になれなかったのを残念に思っているのは、とても良いことだと思います」と小松代表は語った。
「シーズン当初、我々の公式な目標は8位でした。当たり前のことですが、8位になるには2チームに勝たなければいけません。(シーズン開幕時には)『どこに勝てるのか?』『前年の災難から立ち直り、我々が勝てる2チームはどこか?』と私は本当に考えていました」
「しかし今年は、たとえ圧倒的に小さなチームであっても、チームとして力を合わせれば、このような結果を残せるということを証明できました。チーム全員にとって本当に素晴らしいことです」
「仮に誰かが『今年は7位でフィニッシュする』と言っていたら、我々はみんな、年明けに仕事を辞めていたでしょう。そういう方向性で見る必要があります。もちろん、ハードルは上がっています」
結果上では、2024年シーズンの7位はハースのコンストラクターズランキング最高位ではない。2018年にはランキング5位を獲得したが、これはシーズン途中で経営破綻に陥ったフォースインディアを引き継いだレーシングポイントが獲得ポイントを持ち越せなかったことに助けられた側面が大きい。
そのため、2018年のハースの実質的な順位はランキング6位。それでも2024年のランキング7位はより印象的に見える……F1全体の状況が良くなり、グリッド最後尾で苦しみ続けるチームが減ったからというだけでなく、いかにしてランキング7位に到達したかというところにも理由がある。
ハースはチーム史上初めて、シーズンを通して競争力を維持するだけではなく、開発でもライバルを上回ることに成功した。チームの小さな規模を考えれば、なおさら印象的だ。
ハースにとって、シーズン中のアップデート投入は、他チームよりも大きな課題だった。パーツの製造を主にサプライヤーに委託しているため、デザインオフィスからサーキットまでの道のりは長く、コストも高くつく。
これまではシーズン中に失速することも多かったハースだったが、2024年で最も強さを発揮したのは終盤戦だった。シーズン後半の9戦中8戦でポイントを獲得したというのは注目に値する。
これまで後半戦にポイントの大半を稼ぐという経験がなかったチームにとっては、これはかなりの快挙だ。
「シーズン各四半期の得点数を見てみると、最終四半期が最も多くポイントを獲得しています」と小松代表は言う。
「マシンにアップデートを投入し、マシンを速く走らせることができるという事実も……アブダビGPの予選では、ポールポジションまで0.3秒差でした。信じられないことですよ。チームと協力し、コミュニケーションを図れば、マシンを改善し、正しい方法でマシンを開発可能だと証明できたのは本当に良かったです」
2024年シーズンにハースが開発ペースを維持できたというのは、小松代表の功績のひとつと言えるだろう。ただ、VF-24が先代マシンのようなタイヤマネジメントでの欠陥から開放されたことも、2024年のハースのパフォーマンスを向上させた要因のひとつであることは間違いない。
とはいえVF-24は、依然としてシモーネ・レスタ監督の下、シュタイナーが代表を務めていた時期に開発されたモノ。シュタイナー元代表の契約が更新されていたら、チームのシーズンが劇的に変わっていただろうという指摘は間違いかもしれない。しかしアップデートを重ねるたびにマシンが速くなっていったのは、小松代表の指揮下だったからだ。
ひょっとするとエンジニア出身の小松代表は、イタリアとイギリスに複数の拠点を持つハースの比較的複雑なチーム構造における主な欠点を理解し、対処するのに適した人材だったのだろう。ハースのドライバーや新たなテクニカルディレクターであるアンドレア・デ・ゾルドが小松代表の主な功績として挙げたコミュニケーションの改善は、特別エキサイティングに聞こえるわけではないが、おそらく顕著な違いを生み出しているのだろう。
小松代表がチームにもたらした変化とは

結局のところ、ハースにそれ以外の変化はあまりなかった。シュタイナー元代表とレスタがチームを去った後、ハースは特に目を引くような人材を採用したわけではない。スタッフは変わらない。つまり小松代表が解き放つことができたのは、彼らの仕事の進め方に関する何かだったに違いない。
小松代表がチームにもたらした変化について本人に尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「正直なところ、魔法はありません。退屈な話で申し訳ないですけど、エキサイティングなことは何もありません。基本的なことを非常に上手くやって、チームとして働きました。そしてこれが起こり得る結果です」
小松代表にとって最も重要なのは、2023年末の時点で明らかに亀裂が入っていたジーン・ハースとチームの信頼関係を回復したことだ。「ジーンには資金がある」と小松代表はメディアセッションで何度も繰り返し、投資が結実しているとオーナーに証明するのは小松代表次第だった。
サプライヤーとより良い取引を行ない、多額の出費を伴うアップデート全てで想定通りの進歩を遂げることで、小松代表はシーズンを通してジーン・ハースに何度も小切手帳を開くよう仕向けた。
そして新たな信頼とコンストラクターズランキング7位を勝ち取り、ハースは2025年の予算上限到達に大きく近づいた。これもまた、かつてなかったことだ。
チームは2025年に、2016年から使用しているモーターホームを更新することも既に確認している。それもエキサイティングな話には聞こえないが、少額の投資ではない。大きなパフォーマンス向上に見合うモノであり、労働条件は潜在的な新規人材獲得の決め手となり得る。
イギリスのバンベリーに比較的控えめなファクトリーを構えるハースは、シルバーストンに洒落た新ファクトリーを構えるアストンマーティンなどと競り合っている。成長を求めるチームにとって、こうした分野への取り組みは不可欠だ。
2024年にハースの従業員数は230人から約250人に増えたが、小松代表はこのプロセスを継続しなければならないと主張している。
「我々は成長しようとしています」と小松代表は語った。
「良い人材を見つけるのは簡単なことではありません。しかし成長しなければならないのは間違いありません。言ってみれば、我々は(従業員数で)十分な数を下回っています」
「我々は常に飽和状態であり、何かが起こると完全に溢れてしまいます。持続可能ではないんです。私はこのチームを持続可能なモノにしたいと思っています。今のところ、私たちにはほとんど余裕がないと感じています」
「我々は募集しています。ウェブサイトを見れば、募集しているポジションの数が分かります。お気軽にご応募下さいね……」
「良い人材が見つかるポジションもあります。本当に難しいポジションもあります。自分たちのサーキットでの結果や、自分たちが真剣なレースチームであるというメッセージを発信していることが助けになります」
「でも、メルセデスやレッドブルのような大きなチームから人材がやってくるのは興味深いことです。その人たちが何を求めているかによります。我々はずっと小さなチームなので大変です。もっと多くのことをやらなければなりません。しかし、もっと良いこともありますよね?」
「『これが君の仕事だ。できるだけ上手くやるんだ。我々はレースに勝つチームだ』と言われたいだけなら、それが望みなら、ビッグチームに行くでしょう。しかし、もっと広い視野を持ちたいとか、もっとマルチタスクをこなしたいとか……それは性格によります。我々は組織にフィットする適切な性格の人材を集める必要があります」
ハースF1が存続しているのは、シュタイナー代表のおかげだ。F1新規参戦を果たしただけでなく、COVID-19の時代を乗り切ることができたのは、彼のビジネスセンスとマネジメント能力あってのことだ。全く異なるスキルを持つ小松代表には成し遂げられなかったかもしれない仕事だ。
ミック・シューマッハーとニキータ・マゼピンと契約を結び、2021年のグリッドにチームを留めたのはシュタイナー元代表であり、現在のタイトルスポンサーであるマネーグラムを引き入れたのも彼だ。
小松代表は色々な意味でシュタイナーと正反対。おそらくNetflixのF1ドキュメンタリー『Drive to Survive』シーズン7でも、出番はそれほど多くないだろう。しかし1年間指揮を執り、チームに今最も求められるリーダーであることを証明するには十分だった。
今後も小松代表は発展が必要な部分もあるだろう。マネーグラムのようなパートナーを確保することはできなかっただろうが、TOYOTA GAZOO Racingとのパートナーシップを築いたことは評価に値する。金銭的なメリットだけでなく、たとえプロセス自体に多くの時間がかかるとしても、ハース固有の構造的な弱点に対処できる可能性もある。
「現時点では、実際にプロジェクトを立ち上げる初期段階にあります」
アブダビでトヨタとのパートナーシップについて、小松代表はそう語った。
「まだ人数を増やしていないので、実際には少ない状態です。しかしプロジェクトを立ち上げなければならないでしょう? みんなより多く働いています」
「今はまだ、恩恵を感じられる段階ではありません。実際、今この瞬間はもっと伸び悩んでいます。それは普通のことです。だから少ないステージから抜け出して、安定させる段階に入る必要がありますが、数ヵ月かかるはすです。サーキットで効果を実感するには、少なくとも1年はかかります」
また、2025年にハースが必ず成功を収めることができるというわけではない。ウイリアムズがクラッシュ多発によりパーツ不足に悩まされたり、ザウバー内部で権力闘争が起きたり……2024年のハースがライバルの苦戦から恩恵を受けたのは確かだ。それを考えれば、ランキング7位を維持するのは大きな挑戦だ。
また小松代表は、2025年に向けてまったく新しいドライバーを起用することにした。今回は小松代表が選んだドライバーだ。2024年の成功は“第3の青春”を謳歌しているように見えるニコ・ヒュルケンベルグなしにはあり得なかった。
ヒュルケンベルグの傑出したパフォーマンスがなければ、ハースはランキング8位になっていただろう。3年間にわたりF1レギュラーシートから離れていたヒュルケンベルグをチームに引き入れたのは、やはりシュタイナー元代表だった。
しかしヒュルケンベルグから最高の力を引き出したのは小松代表であり、現在のF1で最も小さなチームのスタッフ全員に同様のアプローチを執った。
「正直なところ、彼らが喜んでいる姿を見ること以上に嬉しいことはありません」と小松代表は個人的なハイライトについて語った。
「マシンがとても速かったから、ただガッカリしていました……このマシンをサーキットに送り出すために頑張った、空力関係者やデザイナー、製造に携わった人たち、全てを失望させたような気がしています。このマシンは6位に値すると思ったのに、それを出せませんでした」
「彼らを失望させてしまいました。そこが残念です。しかし同時に、彼らを見ていると幸せそうなんです。もちろん落胆はしていますが、それでも素晴らしいシーズンを過ごせたと思っています。それは本当です。少し複雑な気持ちではありますが、全体的には自分たちを誇りに思う出来だと思います」
ではジーン・ハースはどう思っていたのだろうか?
「ジーンは……レースの直後にメッセージをくれました。冗談ではなくて、すぐに『チームにとって大成功の1年だった。おめでとう』と、ただそれだけくれました」と小松代表は言う。
「それで私は彼にお礼の電話をしました。彼はまずランキング6位になれなかったことにガッカリする人ですが、電話した時の最初の言葉は『ガッカリ』でもなく、ただ『おめでとう』でした」
「『本当に素晴らしい仕事ぶりだ』『昨年よりもずっと良い』『ランキング7位を獲得できて、本当に嬉しい』と言ってくれました。それは良いことです」
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