
2023年はFIA F2を戦いランキング4位となり、2024年にはスーパーフォーミュラを戦うことが決まっている岩佐歩夢は、FIA F2とスーパーフォーミュラ、そしてF1を戦うために必要な筋肉が違うと語る。そして自身の身体を、マシンをセットアップするのと同じように作り上げているのだという。
F2最終戦を終え、同地でのF1初走行を終えた岩佐は、帰国してホンダ・レーシング・サンクスデーとスーパーフォーミュラのテストに参加。欧州に一旦戻った後再び帰国し、年明けにかけて日本で過ごすという。しばしゆっくりできるかと思いきや、今も忙しい日々を過ごしているという岩佐は、来季参戦するスーパーフォーミュラ、そして将来の目標に掲げるF1に向けて体づくりに勤しんでいる。
「基本的にはトレーナーさんがいる大阪の近くで過ごしていて、トレーニングや身体のケア/マネジメントができる状況をずっと作っています」
岩佐はmotorsport.comのインタビューにそう語った。そして岩佐は、自分たちがやっているトレーニングは、特殊なモノなのだと説明する。
「僕とそのトレーナーさんが今までやってきたことは正直、他のドライバーと比べて、おそらく特殊なことなんだろうなと思っています。身体を作る上でどうしていきたいかという明確な目標があるので、シーズン中もそれはあまり変えずにやってきました」
「ただ来季はF2ではなく、スーパーフォーミュラに参戦することになります。この前テストで乗った時に感じたところでは、筋力や体力的には全く問題ありませんでした。それでも、ドライビングのパフォーマンスを上げるために『こういうところをこういう風にトレーニングしたら良いんじゃないか』というところがあったので、そこを重点的にトレーニングしています」
■F2とF1の違い……そのキーワードは”パワステ”

色々な部分に改善すべき点があるというが、そのうちのひとつが”パワステ”に関することだと岩佐は明かす。F2マシンはパワーステアリングがついていないが、スーパーフォーミュラのマシンSF23にはパワステが備わっており、F1でも同様にパワステがついている。そのためパワステ搭載のSF23では、ステアリングから伝わってくる情報が少なくなるのだという。
「ひとつ例を挙げるとすれば、ステアリング操作です。スーパーフォーミュラはパワステがついているので、(路面から伝わってくる)フィードバックが少ないと感じました。そういう情報をより多く正確に掴むためにどういう風に頭と身体で分析して、自分のドライビングに活かすかというトレーニングを、F2の時とは少しアプローチを変えてやっているんです」
そう岩佐は言う。
「(F2とスーパーフォーミュラでは)反応のスピードが違います。F2はパワステがないので本当にダイレクトに感覚が伝わってきます。どれだけ情報を多く取り入れるか、そしてそこからどうやって身体を素早く反応させて正確にコントロールするかという点において、スーパーフォーミュラはF2とは若干異なるアプローチが必要だと僕は捉えています」
そのため、必要な筋力や感覚が、F2までとスーパーフォーミュラ/F1では全く違うと岩佐は考えている。むしろF2やレッドブルの育成プログラムで必要だとされていた筋力が、スーパーフォーミュラやF1に乗る上では、”邪魔”になってしまう場合もあるという。
「F1に乗るまで、レッドブルや色々な人から、フィジカル面に関しては『このままじゃF1に乗れないぞ』と言われ続けてきました。トレーニングテストなどでは、レッドブルジュニアの中でも、僕はダントツで悪かったんですよ」
そう岩佐は明かす。
「でも僕とトレーナーは、ターゲットにしている部分が全く違っていたんです。なので、そうだろうと納得できる状況でした。でもなぜ自分がF2で今季ずっとトップ争いができたのか、成績の面でレッドブルジュニアのトップになったのか、この状況でなぜこの成績が出たのか……そういう疑問はあったのですが、その答えはレッドブル側としてもないんですよ」
「これだけの数値がないとF1には乗せられないということだったので、厳しい状況ではありましたが、必要とされた数値を引き上げていきました。ただ、トレーナーと一緒にやってきた良いポイントに関しては失いたくなかったので、試行錯誤しました」
「そしていざF1に乗ってみると、首に関しては縦方向や、加速しながらコーナーを立ち上がる時の斜め方向のGは厳しかったですが、純粋な横GはF2よりも楽に感じました。決して楽というわけではないですよ。次の日に筋肉痛が来たり、未体験の負荷がかかって身体がビックリしたりする状況ではありました。でも、パフォーマンスを落とすことなく(F1でアブダビを)96周を走り切ることができました」
それもやはり、パワステに要因があると岩佐は考えている。
「その理由を自分で考えた時に、やはりパワステが大きく影響していると思いました。F2でこの2年間やってきましたが、実は最後の最後まで、腕や首がしんどかったんですよね」
「F2では、まず腕が疲れて、その後に首がやられてしまっていました。腕と首の筋肉は繋がっていますからね」
「F1はパワステがあるので、腕が疲れることは一切ありませんでした。腕がしんどくて首が疲れるということがなくなったので、それは自分としては驚きでした。おそらく変な力が入らず、身体をうまく支えられていたからだと思います」
岩佐は2023年限りでF2を卒業。今後は”パワステ付き”のスーパーフォーミュラとF1に集中することになる。そのためトレーニングの面でも、方向性が変わってくる部分もあるという。
「F2では腕の筋力も必要でしたし、ブレーキング時にもF1以上に踏力が必要でした。それをやっておかなければ、F2でパフォーマンスを落としてしまいます。それに加えて、僕とトレーナーさんが重視しているコクピットでのパフォーマンスを向上させるためのトレーニングも、欠かさずにやってきました」
「僕の今後のトレーニングの方向性としては、元々やっていたようなところに戻るという形になると思います。ただF1に向けては、Gやレース周回数が増えることで過酷さが増すと思うので、それに対応できる準備をしておく必要があります。首の筋力や筋持久力に関しては、スーパーフォーミュラよりもF1に向けた準備をして、シーズンを過ごすつもりです」
どんなトレーニングをしていくのかと尋ねると、岩佐は次のように説明してくれた。
「分かりやすく言うと、ドライビングした時に使いこなせる筋肉をつけるという感じです。ジムで皆さんがされるようなウエイトトレーニングを続けると筋力は上がりますが、ドライビングのパフォーマンスに繋げることができるかと言われると違います。動作が入っていなかったり、コントロール性能という部分が組み込まれていなかったりするんです」
「僕とトレーナーさんは、それに対応するためのある程度特殊なトレーニングやアプローチが必要だと考えています」
■自分の身体を、レーシングカーのようにセットアップ

トレーナーとは、小学生時代からの付き合いだという岩佐。しかもレーシングドライバー専門のトレーナーではなく、レーシングドライバーを担当するのも、岩佐が初めてだという。そのため、理想的な身体を協力して作っていくためには、岩佐のフィードバックが大変重要なのだという。その過程について岩佐は、「自分の身体はクルマのようなモノ」だと語った。
「そのトレーナーさんとは、僕が小学校に通っていた頃から、一緒に話し合いながら解決策や最善策を見つけてきました。F1やスーパーフォーミュラを走らせたことを経て、自分たちが考えて見つけてきたことが間違っていない、結果に繋がってきたのは、すごくポジティブです」
そう岩佐は言う。
「そのトレーナーさんは、僕の前に誰かレーシングドライバーと仕事をしていたわけではないです。当初から、身体のパフォーマンスを上げるためにどうずればいいかという部分が、考え方の中心にありました」
「ただモータースポーツの経験がまったくない方なので、僕がフィードバックするという形でやっていくしかなかったんです」
「ここ最近、僕は自分の身体のことをクルマだと思っていて、トレーナーさんを身体のエンジニア的な存在だと捉えています。そしてどうやったら僕の身体から最大限のパフォーマンスを出せるかという考え方をしています。方法は他のドライバーとは違うかもしれませんが、それはクルマの特性がそれぞれ違うのと一緒だと思います」
「クルマのセットアップを煮詰めていくのと一緒で、僕は自分の身体が感じているモノにも自信を持っています。その感じたことをトレーナーさんにぶつけて、どうやっていくのかを一緒に考えています」