
2023年のMotoGPは、フランチェスコ・バニャイヤ(ドゥカティ)とホルヘ・マルティン(プラマック)が最終戦の決勝レースまでもつれ込むエキサイティングなチャンピオン争いを繰り広げ、最後はバニャイアが優勝で2年連続タイトルを飾った。今年は土曜午後に決勝レースの半分の周回で争うスプリントレースが導入され、ここで最大12ポイントを獲得できるという新しいフォーマットになったことにより、点数獲得状況の不確定要素が増して、結果的にライダーたちのポイント争いを効果的に演出することになった。
第19戦終了段階ではバニャイヤとマルティンの差は21ポイントで、バニャイヤにとって有利な状況だった。だが、最終戦のスプリントと決勝でダブルウィンを達成した場合、12ポイントと25ポイントで合計37ポイントを稼ぐことになる。そのため、両選手間に開いていた21ポイント差は大きいものの決定的とまではいえない、じつに微妙な状況で最終戦を迎えた。スプリントではここまで8勝と強さを見せてきたマルティンは、最終戦の土曜も勝利して12ポイントを獲得。一方のバニャイヤは5位で5ポイント獲得に留まり、ふたりの点差はふたたび縮まって14になった。
バニャイヤに有利な状況は変わらないものの、ポイント差が離れては近づき、そしてまた少し離れる、という戦いを続けてきた両選手の拮抗したパワーバランスがこの週末も繰り返された恰好だ。日曜午後の決勝レースでは、バニャイヤの前でゴールしない限りチャンピオンの可能性が見えないマルティンは、果敢に攻め続けたものの転倒。一方のバニャイヤは優勝でレースを終えて、両選手の劇的な戦いは幕を引いた。
20戦40レースを終えたふたりの成績を比べると、バニャイヤはスプリント4勝・決勝レース7勝に対し、マルティンはスプリント9勝、決勝4勝、という成績だ。この数字を見てもマルティンは土曜のスプリントで好成績を収めることによってバニャイヤに食い下がってきたことがわかる。逆の見方をすれば、その強さを日曜の決勝レースで生かしきれなかったことがタイトルを獲得を逃した要因のひとつ、という見方もできるだろう。
実際に、日曜決勝レースの成績は、バニャイヤが優勝7回,2位6回、3位2回というリザルトであるのに対し、マルティンは優勝4回、2位3回、3位1回、という結果だ。獲得ポイントで比べてみると、バニャイヤは467ポイントのうち決勝レースで獲得したのは327ポイント、つまり全獲得ポイントのうち決勝レースで得たものが占める割合は70パーセントなのに対し、マルティンの場合は428ポイントのうち決勝での獲得が260ポイント、60パーセントにとどまっている。チャンピオンになるためには、やはり決勝レースで強さを発揮することが必要だということが、これらの数字にもはっきりと現れている。
さらに他の選手の成績を見てみると、ランキング3位のマルコ・ベツェッキ(VR46)は総計329ポイントのうち決勝レースの獲得点数は242(73パーセント)、ランキング4位のブラッド・ビンダー(KTM)は290ポイント中の決勝獲得が181(62パーセント)、という結果になっている。日曜だけのスコアリングで彼ら4名の成績を並べると327、260、242、181となる。
同じく年間20レースが行なわれた2022年のポイントを見てみると、チャンピオンのバニャイヤから2位のファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)、3位のエネア・バスティアニーニ(当時グレシーニ)、4位のアレイシ・エスパルガロ(アプリリア)までのポイント数はそれぞれ265、248、219、212、とかなり接近した得点状況だったことがわかる。また、2022年と23年の日曜結果を比較すると、今年は昨年以上にバニャイアの高い安定感(2022ー265pt/2023ー327pt)が際立っていたことと、日曜の結果では2位以下の選手たちを大きく引き離していたこともわかる。
このように見てくると、土曜スプリントの導入はシーズンの戦いを盛り上げて良い意味でチャンピオン争いを混沌とさせることに大きく貢献した、といえそうだ。だが、その一方でスプリントの導入による新しいレースフォーマットは大きな副作用を生むことにもなった。
土曜午後のスプリント実施は、昨年までこの時間帯に行っていた予選を午前の時間帯へ繰り上げることになった。しかも予選Q1とQ2の振り分けは金曜の走行結果で決定されるため、ライダーたちは金曜の段階から全力のタイムアタックを要求されることになり、それらの影響で負傷や欠場選手が続出した。
20回の週末を振り返ってみると、レギュラー参戦ライダーの22選手全員が揃ってグリッドについたことは40回のレースで一度もなかった。フル参戦選手全員が揃うレースが一度もなかったシーズンというのは、過去のデータをすべて調べたわけではないのだが、おそらく非常に珍しいのではないか。これだけ負傷欠場選手が続出したのは、今年のレースフォーマットが大きく影響していることは明らかで、緊張感に充ちたイベントの娯楽性を維持しながら競技の安全性をどうやって担保していくか、ということが来シーズンに課された大きな宿題といえるだろう。